http://watchan.net/sagae/ スクールカウンセラーによる「こころの取扱い説明書」 佐賀枝 夏文
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 暮らしの中で誰しもが感じている困りごとを取り上げました。誰もが、こころの「うち」で葛藤し、抱えていることです。深刻に抱えているひと、上手に処理できているひとがいます。やや、深刻に抱えたときは、読んでみてください。
 
○「うち」と「そと」
 
 こころの「うち」と「そと」向きの顔とは違います。「うち」と「そと」は違って当然と思います。違って当然なのですが、ちぐはぐやズレに苦労しているように思います。「うち」と「そと」をそれなりに持ちつつ暮らせたらよいと思います。「うち」と「そと」を同じにしようなどということは考えない方がよいようです。違いをあたりまえとして認識することも、大事な第一歩かもしれません。

 こころの「うち」と「そと」向きの顔が同じでなければならないと強く考えている方がいます。それは正直な生き方を反映していると思います。ただ、「うち」と「そと」とは、多少異なっているのがよいでしょう。無理にこころの「うち」を「そと」向きの顔と同じにする必要はないでしょう。こころの「うち」は自分自身が了解できればよいでしょうし、「そと」向きの表現は他者が了解できればよいのですから。自他はそれぞれ個々の生き方をしているので、同じに考える必要はないと思います。「うち」と「そと」とをひとつにしなければならないというのは、多少無理があります
 
○おっくうなとき
 
 なにか、おっくうで、ついよこ道をしてしまうことがありませんか。なすべきことから、よこ道に入り込み大半の時間を費やすことがありませんか。悩みというよりも暮らし方の問題といえるかもしれません。大きな悩みではありませんが意外とやっかいなことです。

 おっくうで、つい後回しにして、そのことでいろいろ考えて行き詰ることがありませんか。また、行ったことや言ったことが不安で後悔するようなことがないでしょうか。

●もし、そのことで困るのでしたら……。
 行動よりも考えすぎて、おっくうになりがち、行動や言動に自信がなく、くよくよ考える。さらに、気持ちが晴れ晴れしない重苦しい状態が持続するようでしたら「 抑うつ状態」と考えられます。

 このような時は、ブレーキがかかった状態なので、焦らずにスピードダウンして、前進すればよいでしょう。エネルギーの消費が補給に追いつかないので、補給しながら前進するのがよいでしょう。
 
○こころの「しこり」を感じたとき
 
 わたしたちは暮らしの中で、他者との関係にこころの「しこり」を感じることがありませんか。他者と衝突し、こころを引っかけたときは、胸がひんやりすることを体感する場合もあります。頭がギュッと締まるような感覚を体感する場合もあります。胃のあたりが違和感でキュッーと固まる感じを体感する場合もあります。今風にいえば「固まる」「フリーズ」という表現でしょうか。

◆「しこり」と日常生活
 このような体感は、暮らしのなかでは日常的に起きる出来事です。このようなことを体験すると、反応として「平静を装う」「怒り出す」「悲しむ」など、それぞれの表現が取られます。体験したひとのこころの「うち」のことですから、他者に語られることのないことです。しかし、これはなかなかやっかいな世界です。

◆「しこり」の経過
 たいがいは時間の経過とともに、しだいに軽減します。ただ、完全に修復しているかといえば、必ずしも、そう簡単には消えたりはしません。同じ場面に再び出会うと、一瞬にして再燃し、フラッシュバックします。

●考えようによっては……。
 「しこり」は時間が経てば軽減します。このくり返しのなかで暮らしているわけです。もし、あなたがこの「しこり」にチャレンジされるのでしたら、しこりやフリーズを「何かの信号」として考えてはいかがでしょう。受け取り方は、トラブルを起こした相手を憎しみを込めて見つめるのではなく、この信号は自分の危機を相手によって知らせてもらったと……。

 相手が阿修羅となってあなたの前に現れていますが、実は菩薩さまかもしれませんね。
 
○思秋期の壁にぶつかったとき
 
 夕刻、帰宅する通勤電車の窓に、自分でイメージしている以上に歳を取った自分と出会ってしまいました。まだ意識としては若々しい自己像をイメージしていました。通勤電車の窓に映しだされている自分と対話しました「きみは、ずいぶん歳を取ったね」。返答がありません「むぅ・・・」。

 思春期の到来の第二次性徴で声変わりやからだの変調になんとも重苦しい時期、「思秋期」の訪れに呆然としたことを思い出しました。思春期が「表」なら思秋期は「裏」なのでしょうか。表裏をなしているのなら、人生の裏表だろうかとも考えてしまいます。

 今まで、いや昨日まで、何気なくできていたことが「おっくう」になり、やや考えすぎて物ごとがはかどらない状態が現実に起きています。こころが晴れ晴れとしない日々です。

●カウンセラーのあなたは……。
 語られる内容が「抑うつ」的ですから、「おっくう」で物ごとが段取りよくすすんでいないことが主な場合があります。判断に躊躇してしまい、仕事や物ごとがはかばかしくすすまないことが語られることがあります。くり返し、くり返し語られるかも知れません。くり返しのなかで、問いかけが行われるかも知れません。くり返しが苦しい訴えとなることもあります。「そんなに悩まないで」とは言わないで聴いてあげてください。

◆あなたがこの状態でしたら……。
 今までは、簡単にできたはずと、もどかしいと思います。でも、動かないこころとからだを懸命に動かそうと無理しないでください。些細なことでもできることをしたらよいでしょう。それで満足してください。

 少し時間をかけてみてください。取り組んでみようかと思うのでしたら、少しだけやるのがよいでしょう。復調したいと考えずに、のんびりです。これからはやり方をスローにしてみましょう。思秋期の壁、いわゆる「抑うつの壁」は、しばらく時間をかけてみてはいかがでしょう。「抑うつ状態」はお休みの信号か、スローダウンの知らせかも知れません。人生の長旅は、途中の「お休み処」が必要なのではないでしょうか。
 
○葛藤しているとき
 
 物ごとを「あきらめる」「投げ出してしまう」ことは、誰しも考えることです。関係を引きずるよりも断ち切りたいと考えることがあると思います。断ち切って「気持ちを楽にしたい」ということでしょう。しかし、断ち切れないでいつまでも、抱える場合が多いと思います。いわゆる「せめぎ合い」ということです。せめぎ合いというのは、葛藤を生きるということです。あっさりと結論を出せないでいること、せめぎ合いのなかで暮らすことに意味があると思います。臨床の場で出会ったひとの中には、葛藤やこころのせめぎ合いがあまりにも辛いので葛藤しないように厚い壁をつくるひとがいます。「もう、関係ない」と決め込むのです。完全に関係ないと決意したひとに出会ったことがあります。関係を絶つまでの物語は、想像を超えた理由があったことが考えられます。しかし、関係を断ち切ると、困ったことが起きる場合があります。孤立し壁をつくることで二次的な問題が起きます。また、逃げこんだ場所がかえって障害となることがあります。逃げ場は、はじめは保護してくれますが、時間が経てば出口を塞ぐ壁となってしまうからです。

 わたしたちは、どのように辛くても生きる「現場」は暮らしの中であり、人間関係の中であるということでしょう。葛藤しながら、またせめぎ合いの中で、生きていくことが肝要です。
 
 
 
 
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