http://watchan.net/sagae/ スクールカウンセラーによる「こころの取扱い説明書」 佐賀枝 夏文
watchan.net > 佐賀枝夏文さんの「こころの取扱い説明書」 > こころのサプリメント編 1
 
 こころの取扱い説明書は、問題を抱えたときの「こころの取扱い」について述べたものです。問題にたいしてカウンセラーとしての立場とクライエントさんへの助言を提示してみましたので、両面から読んでいただければよいと思います。
 
○こころの消化能力(怒り)
 
 こころも胃袋のように消化能力があるように思ったので、このことをヒントに考えてみました。消化しやすい代表選手は「喜び」「楽しい体験」「うれしい出来事」でしょう。消化もよくて、そのひとのこころの滋養になり、勇気づけてくれます。反対に困る代表選手は「怒り」「憎しみ」でしょう。消化しにくく消化不良を起こしたり、こころが傷ついたりします。わたしたちはいつも消化しやすいものを取り込みたいと考えますが、必ずしもそうは行きません。「怒り」や「憎しみ」は、できることなら取り込まないでやり過ごすのが懸命な方法です。もし取り込んでしまったら、これは消化できないものと考えてはいかがでしょう。できることなら未消化なままにしておいてください。消化してしまいたいとは、決して考えないでください。消化できないものを取り込んだのですから、時間をかけるか、時間にまかせましょう。

●カウンセラーのあなたは……。
 カウンセラーのあなたを尋ねた方が、誤って消化できない「怒り」や「憎しみ」をこころに取り込んだのでしたら、排除しようと怒りが爆発したか、爆発しそうになっています。その方は、怒りや憎しみを消化したいと考えて、爆発させたのかも知れません。また、消化して気持ちをすっきりしたいと考えていらっしゃるのかもしれません。 怒りや憎しみを消化する仕方を伝授できたらいいのですが、しっかり取り込んでしまったので、ややこしく複雑になっています。取り込んで処理し解決を急ぐと、さらに「怒り」「憎しみ」が爆発します。まずは、怒りがなぜ起きたのか、なぜこんな理不尽になっているかを聴いてあげてください。ゆっくり時間をかけてください。いつか気持ちの整理のお手伝いができればいいですね。

◆あなたがこのような状態の場合は……。
 とにかく言葉で語れるのでしたら、受け止めてもらってください。まだ言葉にならないのでしたら、怒って爆発している自分を全体的に感じてみてはいかがでしょう。できることなら、原因探しや犯人探しはしないほうがよいでしょう。無理に消化しようと考え、処理を急がないほうがよいでしょう。 あとで怒りがおさまれば、怒りをぶつけた相手に、自分自身を置き換えて考える時間を持っていただけたらよいと思います。
 
○こころの消化能力(悲しみ)
 
 こころが悲しみを飲み込んだとします、そのときのこころの消化能力と消化のプロセスを考えてみましょう。しっかり悲しみを飲み込んだひとは、飲み込んだショックでからだじゅうが脱力し、意欲を失うかもしれません。そのあと、涙が出るひともいます。たくさん悲しみを飲み込み、その悲しみがつよい場合は、一度に涙があふれることもあります。少し時間が経つとしゃくり上げるような泣き方になることもあります。

 悲しみをこころが消化するには、想像以上にたくさんの時間が必要です。消化のプロセスとして、ひとは悲しみに直面したときはショック期を体験します。日常性が壊れ、急激な事情に直面しますから、ショックを和らげるクッションの役目がショック期と考えられます。直面すると「他人ごと」のように感じるのはこのためと考えられます。「ショック期と涙」はとても大切な役目を果たします。悲しみの体験でこころが空っぽになったので、こころが涙で湖をつくるのかも知れません。涙とともに少しだけこころがとり戻せるのは、このような浄化作用が働くからでしょう。

●カウンセラーのあなたは……。
 悲しみを飲み込んだ直後は、誤嚥(*1)したように思うひともいます。そのような方があなたを尋ねてくることもあります。誤嚥したので、こころの処理をしたいと尋ねてこられるときは、多くの場合、急いで「楽になりたい」と考えていらっしゃるかもしれません。このようなときは、カウンセラーのあなたに「大丈夫ですよ」といって欲しい場合かもしれません。大丈夫という言葉が不要だとはいいませんが、この言葉以外の言葉を探す必要があるように思います。

 悲しみの最中のひとは、言葉が少なく沈黙が多いかもしれません。それはそれでよいと思いますから、急がず、時間をいっしょに過ごしましょう。

 *1:ごえん:誤って飲み込むこと

◆あなたがこの状態でしたら……。
 悲しい事態に直面して、ショックで何も考えたくなければ、あまり無理しないでください。しばらく、そのままでよいと思います。直面していることが他人ごとみたいに思えるかもしれません。それはそれで受け入れてください。あまりの悲しみで涙があふれそうになれば、それはそれでよいと思います。無理に涙を抑えないでください。無理すれば、のちのちつらくなるかもしれませんよ。なにも出来ない自分を責めないでください。出来ないのが当然です。
 
○他者に事情が語れないとき
 
 わたしたちは普段、言葉で気持ちを表現しますが、言葉では語れないときがあります。言葉で語ると、何か今の気持ちと違うような気がするからです。いつもは、わたしたちの状態を伝えるための道具として、言葉は大変よいものです。具体的に何々してほしいということを伝える道具としては便利ですが、気持ちが何々だから分かってほしいということを伝える道具としては、不十分な場合があります。

●カウンセラーのあなたは……。
 話し手が、言葉では語れないで沈黙して立ち止まることがあります。このようなとき、あなたは多少不安になるかもしれません。積極的に関わりが持てないで取り残された感じや、話し手と心理的に距離が開いたように感じるかもしれません。

 このようなときは、無理に話を持ちかけないほうがよいでしょう。むしろ、止まった時間を味わいましょう。このときは時間の流れが止まっているのですから、急がないで立ち止まってよいと思います。分岐点なのかもしれませんし、話し手は静かにこころの作業をしているときでもあります。話を聴いて理解するのと同様に、大切な時間なのかもしれません。

◆このようなことに直面したあなたは……。
 語れないことで、後ろめたい思いをする必要はありません。少しでも、今直面している悲しみやつらい体験を垣間見ることができるといいですね。「垣間見る」このことを表現するならば、しっかり何々と考えるというよりも、静かにそっと見つめる程度のことです。

 少しよそ見をする、これが今起きていることから逃れると、のちのちつらい体験と悲しみが増すかもしれませんよ。
 
○こころがつぶれたとき
 
 こころが丈夫で多少の衝撃にでも耐えられればよいのですが、他者の一言、ちょっとした視線、ささいなしぐさを批判的に感じると、耐え切れないときがあります。他者からの一言が拒否的、否定的なとき、視線が冷たいとき、しぐさが拒否的なときは、こころが潰れそうになります。こころが瞬時に潰れる瞬間です。平静をうしなう人もいますが、おとなであれば平静を保とうとします。

 ひとは自分自身で存在を支えることができないのだと思います。自分自身で支えることができたら不動でよいのですが、他者に支えられて存在しているのが人間です。他者に認めてもらって、受け入れられて存在を維持できるものです。

 したがって、他者のささい些細な一言、視線、拒否的なしぐさは、受けた方からすればあまりの小さい出来事にみえて、大丈夫と思い、やり過ごすかもしれません。しかし、こころは予 想に反して大変傷つき、潰れているかもしれません。そのあと恨みに変質したり、失望したりと、困った結果がでてきます。

●カウンセラーのあなたは……。
 あなたを尋ねるのは、このような体験をしてからやや時間が経っていると考えていいでしょう。このような体験をしても、やや時間が経てば修復する場合もあります。多くの場合は、それで処理ができていると考えてよいでしょう。あなたを尋ねる場合は、消化に失敗して拡散させて、そのために「・・・がしたくない」「・・・ができない」となっていることが多いでしょう。例えば電話が怖い、顧客の応対が苦痛だ、などに拡散していることがあります。抱えている事態が深刻な場合もあります。

 少し時間をかけてあげてください。

◆あなたがこのことに直面しているのでしたら……。
 気がつけば、理由もないのに電話が苦手……、トラブルを抱えていないのに顧客の応対が苦手……。あなたはいつの間にか、すべてが「おっくう」で、消極的になってになってしまったのですね。

 逆説のようですが、この「おっくう」をそのまま抱えていてよいでしょう。むしろ、おっくうを自覚してください。おっくうだからといって、卑下して自分を蔑むようなことはしないでください。消極的な今の気分を抱えながら、なすべきことをしてください。それには、うまくやろう、失敗しないかなどの評価はしないことが大事です。今の気分は仕方がないので抱えて、なすべきことを愚直になしてください。
 
 
 
 
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