http://watchan.net/sagae/ スクールカウンセラーによる「こころの取扱い説明書」 佐賀枝 夏文
watchan.net > 佐賀枝夏文さんの「こころの取扱い説明書」 > スクールカウンセラー雑感 と あとがき
 
 スクールカウンセラーとして配属していただき、早五年が過ぎようとしています。スクールカウンセラーの体験を、わたしなりに振り返りたいとおもいます。この経験は、わたしにとりまして、貴重な臨床経験となりました。スクールカウンセラーとしての体験は、実に新鮮な驚きの連続でした。今までの既成概念を見事に壊すような体験でもありました。本務校での経験から、高校訪問などから高校生を理解していたつもりでした。しかし、現場に入り、そこで出会う生徒たちの素顔は、臨場感があふれていました。多くの先生方と出会い、子どもたちと出会い、そして、あわただしく2年間の高等学校の研究期間がおわり、つぎに中学校に配属していただきました。中高等学校の現場で学んだことを少し報告させていただきます。
 
○つまずく子どもとつまずかない子ども
 
  子どもたちは、運悪くつらいエピソードに出会えばつまずく可能性は高くなります。運悪くつらいエピソードに出会う子どもが必ず、つまずくとも言い切れません。このところにわれわれは着目する必要があります。わたしが出会った「引きこもり」の生徒、「不登校」の生徒、「暴走」した生徒は、確かにたどれば運の悪いエピソードに出会った子どもたちであることは確かです。しかし、同じようにエピソードに出会っても「しなやかに」やり過ごせる子どもがいることに謎がありそうです。

 つまずいた子どもは、運悪く巻き込まれたわけですが、そのことだけで説明はつきません。むしろ、もっと根本を見つめれば説明がつくことがあります。親との関係が重要な要因であるということが考えられます。多少説明が必要かもしれません。同じ運悪くつらいエピソードにであっても、親子関係が良好なケースが問題化しにくいということが説明出来ます。このことから単純に、子どもがつまずくのは「親の愛情不足」などと声高に言いたいわけではありません。問題化した子どもの多くは、たくさんの要因から「結果」として、行動化したわけです。

 そこに基盤の揺らぎが生じるか、生じないかは大きな問題です。結論から言えば、何があっても動揺しない子どもたちは、ある「基盤」が育っているからでしょう。その基盤は、親や環境から影響し育てられたものです。
 
○基盤の揺らぎ
 
 来談者があるのかと心配も吹っ飛ぶように、とぎれることなく生徒が会いに来てくれました。わたしが出会った生徒さんに共通していたのは、原因はさまざまですが、何らかの形で、他者から批判され、傷ついたかたちで問題化しているケースが多くありました。具体的なものとしては、仲間はずれが典型的に多かったとおもいます。悪口や陰口、中傷によって問題を抱える場合が多く、直接間接に「きしょい」「きもい」など、言葉によるものが目立っていました。加害者の方は、相手のダメージを意識していない軽率な場合もありました。被害者の生徒たちは、子どもから大人へのきわめて多感な時期を過ごしており、この時期他者からの批判的な評価ほど辛いものはないと言えます。ダメージが残る生徒が特に耐性が弱いのかもしれませんが、耐えられない要因があったと言えます。やり過ごせる生徒は、それなりの対策をたてていたり、また普段なにげなく行われていることに驚きました。一般的には、こころない言葉は、生徒たちの自信を喪失させるだけの影響を及ぼすといえます。後々まで問題を抱える生徒も少なくないようです。

 些細な言動や行動によって、深刻な症状を呈するのは思春期という「感じやすく、傷つきやすい時代」を生きているからです。忌避感を無意識に抱え「登校しぶり」、「腹痛」、「頭痛」に陥りがちです。そのとき、親または本人において「学校はいくべきところ」という意識がつよく、それを理由に学校へいけない自分を責めることが問題の解決を遅らせているようでした。

 わたしがこれらの事例から学んだことは、子どもたちは「認められる」、「受け入れられる」ことを切実に望んでいることでした。家庭の事情や、社会状況から「排除」されている子どもが実に多くいることに驚きました。子どもたちが「認められ」、「受け入れられ」ることで、再び「自信」を取り戻すことも学びました。スクールカウンセラーとして、役割をいただき、子どもの楽園に入れていただきました。学校は「子どもの楽園」であるはずですが、競争社会の影響を強く受けていることは事実です。この状況の中でやるべきことが見えてきたようにおもいます。
 
「あとがき」
 
 わたしがスクールカウンセラーとして配属になった志賀中学校は、滋賀県の湖西地区にあります。湖西線の蓬莱駅から歩いて十分ぐらいで着きます。急な坂道を一気にのぼり正門にたどり着くと、一望に琵琶湖が飛び込んできます。この学校を訪れるたびに、この美しさにしばし言葉を失い見とれることもありました。中学校でスクールカウンセラーとして時間を過ごすことができたことは、わたしの生涯の大切な思い出の一ページです。この「相談室の窓から」として、生徒さんと家庭向けに原稿を書きだしたのも、相談室の窓の景色の雄大さ美しさから思いついたことです。「相談室の窓から」を書きながら、わたしは「どこ」を眺めていたのかと自問すれば、わたしの少年時代であったり、つらい生徒さんのこころだったと思います。

 わたしが出会った生徒さんたちは、「子ども」と「おとな」の両面を、持ち合わせて生きている子どもたちです。この生徒さんたちのこころ模様は、夜明け前の微妙なあやうさがあります。生徒さんには成長のばらつきがあり、ある生徒さんの場合はやく闇から抜け出すことに懸命であったり、子どもの楽園から出たくない生徒さんもいます。

 わたしが相談室で十分な仕事がなしえたとは言いかねるかもしれません。ただ、悩みを抱えた生徒さんの側に連れ添っただけのことかもしれません。わたしが、生徒さんたちとの出会いを自分史の一里塚にしたいと考えて冊子を思いつきました。

 生徒さんたちとの出会いの動機については、ひとりのカウンセラーとして不登校など頻発する事態に対処したいという意気込みもあったかもしれません。いまはいささかも気負いはありません。もう一つは、はるか昔のわたしの中学生時代に思いを馳せたいと思ったからです。わたしが、このような至福の時間をいただけたことは大変な幸運でした。

 書き散らかした原稿は、他者のこころではなく、自分のこころのような気もします。自分の内面を暴露したのであれば、気恥ずかしさもあります。しかし、読者と共に同時代を生きる「あかし」としてあえて冊子にしてみました。悩みは個有ですが、他者と限りなく同じであることも事実です。

 読んでいただいた方々に思春期のこころを感じていただければ大変うれしく思います。中学生自身が読者として読んでいただければ、それは誠にありがたいことです。

2003年 湖国厳冬
 
 
 
 
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