http://watchan.net/sagae/ スクールカウンセラーによる「こころの取扱い説明書」 佐賀枝 夏文
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スクールカウンセラーとして担当した志賀中学校では、毎月「相談室だより」という表題で、生徒さんと家庭向けの通信を作成しました。そのコラム記事を編集したものです。
 
○こころの形(その二)
 
  サザエさんは、自分のこころがとっても弱くて敏感だと思います。どんなときに弱くて敏感なこころであるのかと考えています。一番はっきりと感じるのは、「自分が否定されたとき」です。このときは必ずといっていいのですが、こころが小さく縮みます。こころが縮むと悲しくなったり、寂しくなります。こころが縮んで小さくなっていると、元気がなくなってその場から消えたくなったりします。

 みなさんはこのような体験がありませんか。このような体験をしたひとは、どのように解決してきましたか。例えば「強くなって、その相手を負かしてやろう」、「相手をやつけよう」、「つらい体験を忘れよう」、または「その相手ともう逢わない」など苦肉の策を考えていることでしょう。サザエさんはこんなとき自分のこころを想像したり感じることにしています。「あぁー、傷ついているなぁー」、「あぁー、こころが小さく縮んでいる」と考えることにしています。強くなって仕返しすることや、その場から消えることを考えない方がいいです。こうしてゆっくり時間をかけると、かならずやんわりとこころが元のかたちに戻りますよ。遠回りのようですが、揺れないで逃げないでください。

 つらいこころや悲しいこころも味わいましょう。
 
○気持ちがいっぱいになっていませんか
 
 イライラして、モヤモヤのかたまりに包まれたみたいな状態です。こんなときは、とにかく「しんどい」ですね。このようなとき、なんとなく「やっかいな自分」が、問題を起こしてませんか。自分では、止めようがなくて「悪さ」をしてしまうこともあると思います。ひとりで悩んでませんか。自分を責めて、こんなことをするのは自分だけだと思ってませんか。あなたが今このことに悩んでいるとしたら、サザエさんはあなたに伝えたいことがあります。あなただけではないのですよ。大丈夫みたいに見えるおとなも、この時期があったのですから。そうですね、このことが消えればそれで良いでしょう、そっとしておきましょう。続くようでしたら、相談室でそのことを語ってみるのもひとつの方法です。
 
○サザエさんのつぶやき
 
 サザエさんは「こころ」について考えることがあります。ひとのからだが成長するようにこころも成長するのだろうと思います。丈夫で強い心や弱くて過敏な心が、それぞれにできあがるのは不思議ですね。できることならば丈夫で強い心がよいのですが、サザエさんのこころは、友だちと比べると弱くて過敏なこころのように思います。強く見せようと思ったこともあります。しかし、自分らしくなくなるので「そのまま」でいいのかなと思っています。

「見せかけの強さ」をつくっている友だちへ
あなたはそんなに強く見せなくても、十分に認められているはずです。やさしいこころを隠さずに生きいていいのです。やさしさは弱さではありません。あなたのそのやさしさが素敵ですよ。

「弱い心でつらい気持ち」の友だちへ
 弱く過敏なこころの持ち主であることを認めましょう。弱いことは決して悪いことではないのです。強いようにふるまうことは悲しいことです、あなたはそのままでいいのです。 ひとは、みんなが同じではありません、それぞれ個性があり、違いがあってあたり前です。あなたがいてくれて、この世の中のチームワークができているのです。だれひとり欠けてはいけないのです。あなたはこの世の中の大切なベストメンバーです。
 
○「キレル」について一言
 
 ある心理学者が、いやなこと(欲求不満)にであうと、そのひとの隠れた部分が出ること(反応)を発見しました。そして、欲求不満とその反応を測るテストをつくったのです。

 みなさんはどうですか。突然いやなことや不愉快なことに出会うと、どのように反応するか考えてみましょう。「相手を責める」反応するひともいると思います。また、自分が悪かったと「自分を責める」反応をするかもしれません。なにもなかったかのような態度をとるひともいるかもしれません。

 このことを応用して考えることにしましょう。突然の不愉快な出来事に反応して怒りを爆発させて、いわゆる「キレル」ことがあります。これは「相手を責める」反応にあたります。どんなときも、怒りを爆発したあとは、感情が飛び散っておさまらず後味が悪いですね。怒りを相手にぶつける方法は、どう考えても良い解決策ではないと思います。

 爆発するときは、それなりに正当な理由があり、あなたの方が正しいように思います。しかし、いつも正当だから正しいとは限りません。
 
○さびしく、つらいあなたへ
 
 わたしたちは、友だちのなにげない一言やある行動で傷ついて、さびしい、つらいこころになることがあります。

 認めてもらうのとは反対に、批判されたり、非難されたりすることは、誰にとっても一番つらい体験です。それを跳ね返すことができれば良いのですが、そうはいかない時があります。深くこころのなかに入り込んで、居座ることがあります。このようなとき、こころが傷ついているのでしょう。

 このような時、勇気をだして誰かに話してみると、こころが少し軽くなることがあります。友だちに話をすると、こころに積もったさびしさやつらさが解けるのかもしれません。話すということは実に良い方法です。しかし、話しができるときもありますが、話ができないでいることの方が多いかもしれません。忘れないでください。いつか話ができるときがきっときます。「あのときは、こうだった」と話ができたとき、あたらしいステップです。
 
 
 
 
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